研究課題:水中衝撃波によるマグネシウム合金板の高速成形に関する研究
1 研究の概要
水中の電極間に配置された金属細線に高電圧を負荷し、瞬時にその金属細線が溶融気化した際に発生する水中衝撃波を金属板に作用させ、所定の形状に成形する放電成形を行う。この技術を活用し、マグネシウム合金の成形を常温で行うものである。本研究では、まず板材として利用されているAZ材の成形について評価を行った。また、本研究で用いる装置にはマグネシウム合金に作用する衝撃波の分布を変化させるために、圧力容器を用いるため、衝撃波の圧力容器内部での伝播過程と作用する衝撃圧の評価のために数値シミュレーションにより評価を行った。
2 研究の目的と背景
近年、低炭素社会の実現に向け産業界では過渡的に変化しつつある。航空機や自動車産業においては機体や車体の軽量化が求められており、特に比強度が高いマグネシウム合金の利用は増加傾向にある。一方で、放電成形法によるマグネシウム合金への応用は開発途上にあり、高速引張試験による材料特性評価や数値解析を用いたその成形性の評価が行われており、また、衝撃波の発生源に爆薬を用いた爆発成形法により凸型を用いたマグネシウム合金の高速成形が行われている。本研究では高エネルギー速度加工を利用した次世代材料であるマグネシウム合金の常温高速成形技術の確立を目指している。
3 実施内容及び成果
(1)実施内容
@衝撃波発生装置の製作と圧力測定
衝撃波発生装置は、図1に示されるように電源回路部にコッククロフト・ウォルトン回路を用いたものとなっている。この電源回路部に蓄電させ、図2に示されるサイリスタ(IXYS R610CH25K5A)をスイッチとしている。この電気エネルギーをアルミニウム細線が接続された電極部に送ることで、アルミニウム細線が一瞬に溶融気化し、衝撃波が発生する。
圧力測定については、図3に示されるような測定装置の設計、製作を行った。ここで、圧力センサー、アルミニウム細線は水中に沈めて実験を行っている。その距離をLとしている。アルミニウム細線が溶融気化した際に発生した水中衝撃波が圧力センサー(東陽テクニカM109C11)で電圧に変換し、オシロスコープ(岩崎通信機DS-5654A)で記録する。その際、ロゴスキーコイル(岩崎通信機SS-629S)により同時に電流値も測定した。
図1 電源回路 図2 サイリスタ 図3 圧力測定装置
A材料試験と数値シミュレーション
ここで対象とした材料は表1のマグネシウム合金とした。その主な組成成分と機械的性質を表1にまとめる。この機械的性質を基に数値シミュレーションを行った。図4にシミュレーションモデルの圧力容器部とモデル全体の概要図を示す。圧力容器は同図(a)の双曲型と(b)放物型を想定して行った。また、(c)概要図のように圧力容器と金型の間に対象とする金属板が挟まれている。実際には圧力発生源はアルミニウムの水中細線放電により発生するのであるが、放電現象から水中衝撃波発生までの物理現象を数理的に評価された解析モデルは無いので圧力の同定をアルミニウム合金板の成形実験と比較して求めることとなった。その際、衝撃波発生源はSEPと呼ばれる爆薬とした。このSEPの圧力計算には、JWL状態方程式を用いることで解析が可能となっている。概要図ではこの爆薬を圧力頂上部にセットしたものとなっている。また、圧力容器内部には水を充填させている。解析は軸対称モデルであるので、中心軸より半分を対称として行った。これらの数値解析はALE法を用いて計算を行った。
(a)双曲型圧力容器 (b)放物型圧力容器 (c)概要図
図4 解析モデル
]
B
マグネシウム合金の成形実験と評価
本研究で使用した成形装置部品の断面図とその寸法を図5に示す。圧力容器は同図(a)(b)にそれぞれ示さるような双曲型と放物型の圧力容器を用いた。また、マグネシウム合金板は、同図(c)板押さえと(d)円錐状金型に挟まれることになる。これらの組み立て図を図6に示す。板押さえと金型の間には、本来、AZ31などのマグネシウム板のみを設置して行うが、試作とした成形実験を行っていくうちに、補助板を設けるとマグネシウム合金板の変形が過渡的にならず、割れも生じず、補助板の変形に沿って形状が変化することになる。その結果、成形性が良くなるのかを検討するために実験条件にマグネシウム合金板の上側に設置されるアルミニウム合金製の補助板@およびその反対側に設置される場合の同じくアルミニウム合金の補助板Aを検討した。また、併せて補助板@とAの両者を設定するサインドイッチ法も検討することとなった。
圧力容器上部に設置する電極部の概略図を図7に示す。電極部は、円筒状のPOM材に直径3mmの真鍮棒を刺し、その真鍮棒間に純アルミニウム細線を巻いたものを使用した。電源回路から送られる電流により、このアルミニウム細線が溶融気化することで、水中衝撃波が発生することになる。
(a)双曲型圧力容器 (b) 放物型圧力容器
(c)板押さえ (d) 円錐状金型
図5 成形装置概要図
図6 成形装置組立図 図7 電極部概略図
また、成形形状の評価については図8に示されるレーザー変位計を用いた非接触型3次元形状側機(三谷商事NAZCA-3D)を用いた。
図8 3次元形状測定機
(2) 成 果
@ 圧力測定結果
図9に圧力測定結果@を示す。実験条件は、充電電圧1000V、充電エネルギーは5kJ、電極に設置したアルミニウム細線の直径は、0.5mmとしており、電極から40mmの位置での圧力波形、電流波形を示している。横軸は時間(µs)、左縦軸に電流値(kA)、右縦軸に圧力(MPa)をとっている。この結果よりピーク圧力がおよそ5.2MPaとなっている。また、電流値は最大42.8kAの値をとっているが、サイリスタ利用のため電源回路から電極に供給される電流は一周期のみとなり、さらにこの電気エネルギーにより細線が溶融気化した後、イオン化した分のみで放電現象が起こり、以降は衝撃波の発生に寄与しないことがわかる。また、電流ピーク後にアルミニウム細線が溶融気化し、それによる水中衝撃波の圧力ピークが電流ピーク時よりおよそ60µsほど遅れて発生している。このように圧力値や電流値が測定できることにより、充電電圧、アルミニウム細線径、電極から対象物までの距離などのパラメーターを検討することが可能となった。装置開発にとって、これらの成果により、より効率良く求められる衝撃圧を得ることが可能となった。
図10は電極と圧力センサーまでの距離Lを変えた場合、図11は充電電圧を変えた場合の圧力波形の違いを示している。また、電流が電極へ流れる時点から圧力ピーク値までの時間も示してある。これらのことより、距離Lを40から50mmへ変化させることで、およそ30%分の圧力減少が見られ、最大ピーク圧力までの時間にそれほど変化はないことがわかった。また、充電電圧を40%減少させると、およそ64%もの圧力が減衰することがわかった。充電電圧はより高く、距離も短いとより高い圧力が対象物に作用することがこれより明確である。
図9 圧力測定結果
(a)L=40mm
(b)L=50mm
図10 距離Lを変えた場合の圧力測定結果
(a)充電電圧1000V
(b)充電電圧600V
図11 電圧を変えた場合の圧力測定結果
A材料試験と数値シミュレーション
材料試験においては、AZ31材に関して静的引張試験を実施したが、ほぼ機械的性質については表1に示される値となり、ほぼ同等のものと確認できた。これらの静的応力-ひずみ関係式を基に、数値シミュレーションを実施した。まず、圧力容器内部での圧力分布を求めた。これらの圧力分布を求めるにあたり、衝撃波発生源の爆薬量を同定する必要がある。圧力の同定については、圧力容器を双曲型とし、充電電圧1000V、電極の金属細線径0.5mmの場合において、板厚0.5mmのアルミニウム合金板の成形実験と数値解析とを比較し、この条件での爆薬量は約0.11gを爆発させた場合のシミュレーション結果がほぼ一致したため、同定することができた。この薬量による、圧力容器内部の圧力コンター図と各容器を利用した場合のアルミニウム板の変形量を求めた。図12は爆薬量0.11gの場合の圧力容器内部の圧力コンター図を示している。同図(a)に双曲型圧力容器の場合、同図(b)に放物型圧力容器の場合の圧力分布履歴を示している。双曲型の場合、容器中央部の圧力上昇が次第に外周方向に広がるような履歴をたどり、放物型の場合、壁面からの反射圧が大きく、それが次第に中央部へと影響を及ぼすような圧力履歴を示している。図13は金属板中央部での水要素の圧力履歴より最大値を求めたものである。放物型圧力容器では約57.7[MPa]となり、双曲型では約136MPaとなり、双曲型の方が金属板中央部では圧力値が高くなっている。図14は双曲型圧力容器を用いて、爆薬量を約0.11gとした時の板厚1.0mmのAZ31材の変形シミュレーションを示したものである。また、鉛直下向き方向の速度コンター図も併せて示している。およそ350µs時において、板全体が約20〜25m/sの速度を維持しており、それが次第に減速し、およそ650µsくらいで成形が終了している。板全体がほぼ丸みを持った形状となっている。
(a) (b)
図12 圧力容器部の圧力コンター図
図13 金属板中央部での水要素の最大圧力値
図14 AZ31材の成形シミュレーション結果
図15は成形シミュレーション結果と同等の条件での実験結果を比較している。中央部の成形量はほぼ近い形状であるが、その外周部において実験では膨らんでいるが、シミュレーションではその形状が得られていない。この原因は数値シミュレーションにおいて、境界条件としてマグネシウム合金板の外周部が半径方向に移動しないように設定したためであると考えられる。現状ではこの条件を外すと、安定した解が得られておらず、円周方向ひずみにおいて不安定要素があるためと考える。
図15 実験結果との形状比較
B
マグネシウム合金の成形実験と評価
充電電圧を1900V、2000Vとした場合、それぞれの充電エネルギーは18.05kJおよび20.0kJとなる。これらの条件において図6の補助板@のみ、補助板Aのみ、両方を使用した場合の成形実験を行った。対象とするマグネシウム合金は板厚1.0mm、直径140mmのAZ31材とした。図16は補助板@のみ、つまりAZ31材の上面にアルミニウム板を置いて、衝撃圧が一旦、アルミニウム板に作用し、それと一緒にAZ31板が変形したものである。また圧力容器も双曲型、放物型の二つを使用した結果である。この結果より、放物型よりも双曲型の方が成形量が大きくなっていることがわかる。充電電圧も大きい方が成形量が大きくなっている。また、成形されたAZ31も割れなどの欠陥はみられなかった。図17は補助板Aのみ、つまり反対のAZ31下面にアルミニウム板を重ねた場合の成形形状である。充電電圧の大きい方が成形量も大きいが、2000Vの場合、圧力容器による影響はあまりみられなかった。図18は両者の補助板を用いたサンドイッチ方式でAZ31板をアルミニウム板で挟み込んだ場合の成形形状である。質量が増すので、その分、変形量が小さくなるが、充電電圧が2000Vの場合は、双曲型の圧力容器を使用すると、他の場合と同等の成形量を得ることができた。
AZ91材は試料が直径100mmのものしか入手できなかったため、図19のように補助板であるアルミニウム板の中央に貼り付けて実験を行った。ここで実験条件として、充電電圧を2000V、双曲型の圧力容器、補助板の条件をサンドイッチ方式とした。その結果、図20に示すような割れが生じた。そこで、充電電圧を1600Vまで減少させて実験を行った。また、他のAZ31、AZ61については、充電電圧2000Vの成形を行い、これら3種類のマグネシウム合金の成形形状の比較を行った。また AZ61材においては、圧延材と押出し材の2種類の材料が入手できたので、その影響がないか比較することにした。図21はそれら3種類のマグネシウム合金材の成形形状の比較を示している。AZ31材の変形量が最も大きく、AZ61材の場合、押出し、圧延の加工プロセスの影響はみられず、同等の成形形状であった。また、AZ91材は直径も小さく、比較し難いが、形状を比較するとAZ61材と同様な形状となった。
図16 補助板を上面に重ねた場合のマグネシウム合金板の成形形状
図17 補助板を下面に重ねた場合のマグネシウム合金板の成形形状
図18 マグネシウム合金板を補助板で挟み込んだ場合の成形形状
図19 AZ91材とアルミニウムの補助板
図20 割れたAZ91材
図21 マグネシウム合金材による成形形状の比較
本研究は(公財)JKA 2021年度 補助事業(研究補助)により実施されたものです。
事業名:水中衝撃波を利用した次世代マグネシウム合金材の高速変形の技術開発補助事業
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